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 喜びが、あふれ出ていた。

 7月16日の中日戦。山下幸輝は代打として、今シーズンの初打席を迎えた。気合のひと声とともに2球目をバットの芯で捉えたが、ライナー性の当たりは右翼手のグラブに収まった。

 それでも、気持ちは顔に出る。山下が振り返る。

 「自分でも動画を見返したんですけど、凡打になったのに笑ってましたね。楽しそうでよかった」

 2018年5月の楽天戦で、山下はサヨナラ打を放ち、歓喜の輪の真ん中で号泣した。ほほ笑ましい光景を、多くのファンが鮮明に覚えているだろう。

 だが、2年余りが過ぎてなお、その記憶はほとんど上書きされていない。昨シーズン、1軍でプレーする機会が一度もなかったからだ。

 昇格のチャンスを得られぬまま秋が近づき、選手生命の終わりを覚悟したが、土俵際で踏みとどまった。

 そして今年の春季キャンプで、気分を一新させる言葉に出会う。3学年下の関根大気と会話を交わすうち、「自分たちはなぜ野球をしているのか」「そもそもなぜ野球を始めたのか」という根源的な問いに話が及んだ。

 野球をすることが楽しかったから――。2人の意見は一致した。

 「だから楽しみましょう」

 関根の一言は心にしみた。山下が言う。

 「ぼくはネガティブなので、いつも関根に励ましてもらうんです。それまでも髪を染めたりして殻を破ろうとはしていたけど、関根にそう言われたとき『野球を根っから楽しめてはいないな』と思いました。吹っ切れましたね」

 同じころ、プロ野球選手として生き残る道をあらためて考えた。自身の置かれた状況。選手としての特徴。残された時間。すべてを考慮に入れたとき、「打を極める」の答えにいたる。

 「いままでは守備もバッティングも全部やろうとしてきたけど、バッティングに絞ろう、代打のポジションを狙っていこうと割り切りました」

 ファーム打撃コーチ・大村巌の助言を受けて、常にライナーを打つ意識でバットを振るようになった。パワーアップのためのウェートトレーニングにも精力的に取り組んだ。中途半端を嫌い、やると決めたことは徹底した。

 打撃に特化した練習は、ひとまずファームで結実する。3割5分超えの打率を残し、7月14日、久しぶりの1軍昇格を果たした。

 思えば2年前の楽天戦のころも、山下は崖っぷちにいた。かつておかしたエラーの記憶がひざを震わせ、「打てなければ終わり」という切迫感に、代打の打席に向かうときの手のひらは汗でぬれた。

 だが今年は違う。野球を楽しむ心が、打撃一本で勝負するという割り切りが、よけいな緊張感を消してくれる。今シーズンの初打席となった中日戦、代打の準備を命じられた山下は「早く回ってこい」と念じた。手に汗はかかなかった。

 「目標はないです。結果を求めると楽しくなくなってしまうので」

 ラストチャンスに賭ける27歳は、潔く言い切った。(横浜DeNAベイスターズ公認ライター・日比野恭三)