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#26 大人になるよろこび。
そろそろ終わりの見えそうな長雨の季節。
カラッと晴れた夏空が待ち遠しくて、
先日、ひと足早く夏用の器を手に入れた。
上から見ると円形なのに、
底から見ると六角形という不思議なガラス鉢。
吹きガラスらしい、
ゆらぎを感じるたたずまいが涼やかで、
一目見て気に入ってしまった。
これまでガラスの器といえば沖縄のものが多くて、
そのほとんどは丸みを帯びて、
どっしりした雰囲気。
夏のそうめんやあえ麺などを
盛ることが多かったけれど
今回はなぜか、きゃしゃな小鉢にひかれたのだった。
丁寧に面取りされたガラス鉢は、
何も盛らない状態でも美しい。
ヨーグルトやお豆腐などを入れると、
面取りされた部分のシャープさと
ゆらゆら揺れるような表情が際立って
いっそう繊細な美しさを増す。
とくに好きなのはお豆腐を盛るとき。
ふだんの冷ややっこといえば、
ひとり用の絹豆腐をパックから出して
そこにネギやしょうがをのせるだけ。
もちろんおいしいのだけれど、
四角く、つるんとしたお豆腐は何だか無表情。
もっとおいしい表情を引き出せないかな。
試しにこのガラス鉢に盛ってみたら、見違えた。
いつものお豆腐を大きめのスプーンですくって、
アイスクリームを盛るような感じで
いたってラフに重ねていく。
つるんとしているお豆腐がいい感じに崩れて、
寄せ豆腐のような雰囲気になるのもいい。
断面がラフな分、おしょうゆや薬味のなじみもよくて、
いつもよりずっとおいしく感じられる。
切り方や盛り付けの仕方ひとつで
これほどまでに味わいが変わるなんて。
器の力とは、偉大だ。
新しい器のおかげで改めて知ったお豆腐のおいしさ。
それからは薬味もいろいろと変えて、
日々変化を楽しんでいる。
ミョウガや大葉、ラー油やごま油を
少し加えてもいいし、
さっぱりしたいときはお塩も悪くない。
そうそう、海苔(のり)の佃煮(つくだに)というのもおいしかった。
今日はどんな薬味やたれで食べようか。
それに合わせる薬味用の豆皿や豆鉢を選ぶのも楽しい。
何げない冷ややっこを作る時間が
こんなにワクワクしたものに変わるなんて。
小さな器がもたらす暮らしの変化に
驚き、感謝している。
けっして高価なものではないけれど、
自分が好きだな、いいな、と思った器を買って
好きなものを盛って食べる。
その度に新鮮な驚きがあって、
食べることや暮らしが、少しずつだけれど豊かになる。
それって、本当にすごいことだし、
子どもの頃にはできなかったこと。
おままごとの延長線上のようなことかもしれないけれど
私にとってはそれがとても大切でいとおしい。
歳(とし)を重ねて、大人になって、よかったな。
そんな風に素直に思える瞬間があることは
とてもうれしいし、すてきなことだと最近思う。
今日のうつわ
石川硝子工藝舎の面取り鉢
岡山県の倉敷市でガラス作りをしている石川硝子工藝舎の石川昌浩さんの作品。「日々の暮らしの中で使いやすく、美しいガラスの器」作りが信条とのことで、この鉢はまさにそれを体現しているように感じます。手に持ったときのなんともいえないしっくり感。素朴な料理を盛っても、食材の美しさ、魅力を引き出してくれる計算された形の美しさ。そして吹きガラス特有の温かみや偶然が生み出す個性的な“ゆらぎ”。「用の美」というのはこういうことを言うんだなと、使うたびにしみじみと感じています。
◇
写真 相馬ミナ 構成 小林百合子
PROFILE
「高山都の日々、うつわ。」
丁寧に自分らしく過ごすのが好きだというモデル・俳優の高山都さん。日々のうつわ選びを通して、自分の心地良いと思う暮らし方、日々の忙しさの中で、心豊かに生きるための工夫や発見など、高山さんの何げない日常を紡ぐ連載コラム。